日本人は見られることに対する意識が低かった

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東京の町並みが、こんなにも狼雑になってしまった要因はさまざまあげられますが、じつを言うと、もともと日本は、「見られる」ことに対する意識が低かったのです。日本の景色はつねに借景であり、たとえば京都あたりでも、比叡山をこの庭から見るとどうなるか、ということを絶えず意識していたのです。そんななかで、昔の日本の町並みで、私が注目するのが垣根です。垣根は、外と内をきっちりと分けてしまわない、ファジーな部分を担っていました。たとえば、垣根越しになかの人の気配を感じることができ、垣根沿いに植えられたジンチョウゲやヒイラギの花の香りによって、通行人がなかの住人の人柄を推察することができたのです。つまり、垣根とそれに付随する樹木などが、町に対する「呼びかけ」として機能していたわけです。ところが、高度成長期あたりから垣根はブロック塀に取って代わられ、この「呼びかけ」の意識を欠いてしまいました。その結果、周囲に「合う合わない」を職みず、好き勝手な建物をつくっていく一因となったのです。
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これからは、見られることを意識し、自分の家も町並みを織成している一つであることを認識してもらいたいし、また、そんな意識をどのように育んでいくかがポイントになると思うのです。

木内(1979)はわが国のニュータウン(厳密な内容的には住宅団地と同義)
について,家族数および形態の変化,生活水準の向上にともなう住宅様式,社
会施設の充実と改善,近い位置に職場をつくり出すことが問題であるとし,さ
らに将来の問題として,ニュータウンが大都市人口の人口と財政の負担を増大
させないか,全国的な人口の分散,環境保全の計画の樹立をあげ,日本の経済,
政治構造の変化(分散化)が必要と主張している。